【本】嫌われる勇気(岸見一郎、古賀史健)_②自己受容とは、ありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいくこと
今日は自己受容について『嫌われる勇気』を読みながら考えてみます。
自己受容とは「できる、できる、できる」と言い聞かせること?
自己受容と聞いてどのようなイメージを持つでしょうか。
仕事ができない自分を受け入れる、頭が悪い自分を受け入れる、足が遅い自分を受け入れる、絵が下手な自分を受け入れる、などなど。
ではそのような自分を受け入れるとは、どういう状態になったら受け入れたと言えるでしょうか。「私は仕事ができる、できる、できる」と言うことでしょうか。本書の哲人は、これを暗示をかけているといい、自己肯定と呼んでいます。自己受容とは異なるのですね。
では自己受容とは何でしょうか。
自己受容とは、ありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいくこと
一方の自己受容とは、仮にできないのだとしたら、その「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいくことです。自らに嘘をつくものではありません。(p.227)
嘘をつかずありのままの自分を見るのですね。できない自分を見るのです。それがスタート。背伸びをする必要はありません。
できないならば何ができないのか正直に自分と向き合う、時に仕事であればこれができなくて困っていると職場の人に相談することが、自己受容なのだと、私は思います。
ここで、こんなこと人に聞くと笑われるのではないかと考えることがあります。しかし、こんなときこそ勇気が必要なんです。私の周りには、「仲間」がいるのです。きっと相談に乗ってくれます。もしかすると同じ疑問を持っているかもしれません。
私は、わからないことを、勇気を持って人に聞くことが自己受容だと思うのです。
「変えられるもの」に注目する
「変えられるもの」と「変えられないもの」を見極めるのです。われわれは「なにが与えられているか」について、変えることはできません。しかし、「与えられたものをどう使うか」については、自分の力によって、変えていくことができます。だったら「変えられないもの」に注目するのではなく、「変えられるもの」に注目するしか無いでしょう。わたしのいう自己受容とは、そういうことです。(p.228)
他人は変えられない、でも自分は変えられるとよく言います。自分を変えることも難しいことはあると思いますが、ウマの合わない他人より、自分のほうが変えられる可能性は高いでしょう。
また、こんなものがあればできるのにと思っても、高額なもので購入できなければ先へ進めません。
したがって、今あるものや人脈を工夫したり、自分を変えたりして、実現していくことを考えることが、自己受容なのでしょう。
まとめ
嘘をつかずできない自分を受け入れる。そして、どうしたら前へ進めるか考えてみてはいかがでしょうか。